こんにちは、アヤベです。
自衛隊では、通常任務の合間に「服務安全教育」「防衛教養教育」「秘密保全教育」など、いろんな座学教育が行われます。一部隊員だけの専門的なものもありますし、全隊員が周知徹底しておかなければいけないものもあります。最近では、メンタルヘルスやセクハラの教育もあるんですよ。民間企業も同じですよね。
もちろん、専門的なものは特別な教官が行いますが、一般的なものは、各部課隊の担当隊員がパワーポイントで資料を手作りするんですよ。
通常任務も、こういった教育担当としてもベテランのK1曹は、あるとき、部下のM士長に、新人を対象とした教育をやらせてみることにしました。
M士長は、次回の昇任は間違いなしだろうと太鼓判を押されている優秀な隊員。後輩をまとめるリーダーシップもあるし、人前で話すのも平気で、アドリブの効いたスピーチもお手の物。ですが、とにもかくにも「現場型」なんです。パソコンが苦手で座学も嫌い。資料を使いながら何かを説明することに慣れていないのです。新しい家電を買ったら、説明書を読まずにすぐ使い始めるタイプですね。
「とりあえず、パワーポイントに書いてあることをそのまま読めばいいから、やってみろ」K1曹は2週間前から、嫌がるM士長に資料を渡して、パワーポイントの使い方を事前に何度も練習させました。
今回の教育内容は「武器使用について」。自衛隊の武器使用は、状況ごとに細かい基準が法律で定められています。知識や経験が豊富なK1曹なら、いろんなたとえ話を挟みながら、飽きさせない教育をすることができます。でも、「誤解を招くといけないから、余計なアドリブはいれるな」と厳命されたM士長、得意のおしゃべりも禁じられて、ますますやる気を失ってしまいました。
さて、教育当日。
後輩隊員を前にして、M士長の教育が始まりました。いつもの生き生きとした姿とはうってかわって、しどろもどろに資料を棒読みするM士長に、後輩たちは怪訝な表情を隠せません。早く教育を終わらせたいM士長、だんだんと早口になってきました。最後尾で見張っているK1曹に「もっとゆっくり!」と叱られた直後――聞いたことのない言葉が飛びだしました。
「ダンマルは……」
全員の頭の上に、大きな「!」マークや「?」マークが浮かびました。なぜなら、目の前のスライドには「弾丸」と書いてあるからです。しばしの沈黙のあと、室内は爆笑の渦。K1曹も苦笑い。
漢字が読めないわけではありません。それまでの資料にも「弾丸」という単語は何度か登場していたのですが、そのときは普通に読めていたのです。資料を棒読みするのが嫌すぎたM士長、目の前の文字を、意味も考えずにただ音読するだけになってしまっていたのでした。
この珍事は、仲間内にとって格好のネタ。「ダンマル」という不名誉な愛称はまたたく間に広がり、M士長を苗字で呼ぶ人はいなくなりました。他の部隊からM士長に電話がかかってきても、「Mって、誰のことだっけ?」と首を傾げる上司もいる始末です。
本来、優秀の誉れ高かったM士長はその後、見事3曹に昇任しました。その数ヶ月間の「候補生教育」に参加したときのこと。「ここなら、もう誰もダンマルとは呼ばないだろう」と、ウキウキしていたところ、どこの誰から聞いたのか「君が漢字の読めないダンマルくんか! ハハハ!」と呼ばれてがっくりするダンマル3曹なのでありました。
隊員同士のネットワークはとっても密なもの。こんな面白いネタなら、あっという間に尾ひれがついてしまいます。でも、笑い話をネタにされるということは、本人が愛されている証拠ですよね。
イラスト:モノ
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